fc2ブログ
空を見上げて

梅・桜・蒲公英


梅、桜の季節到来。

難しいキーワードになりそうな、
専門用語を使わないようにして、
どれくらい難しいことも含ませて説明したり、感じ取れる文章ができるか・・


会話なら、比較的簡単なことなのに、たやすくはない。
練習に近い(笑;



梅、桜ともキレイな花を咲かせる。
春らし~~~赤みがかったり、白やピンクもの、色味。
大好き♪

根がしっかり伸びて、根が強いから、毎年のように花を咲かせる。
『桃栗3年、柿8年』という言葉もあるけれど、土の養分性が良い・・土壌が良いところでないと、
毎年は、子孫繁栄目的がメインの『梅、さくらんぼ』といった、実をつけたりしない。

食用に近い品種か、土壌などが大分良い環境でないと、子孫繁栄目的は、
あまり強くないように感じる。


実際、これほど梅や、桜のように細かく入り組んで種類が多い植物は、すごいと思う。


原生種から、自然に適応したり、人的に手が加わり、、、園芸種など、品種改良されたものも多い。


人の手が常に有しているものもある。
梅に至っては、盆栽あたりで眼にするもので、
年に数回も、華を舞わせるものもある。

桜で、よく街中で眼にすることも多い、ソメイヨシノは、
名残の子孫繁栄部分を、たまに眼にする『さくらんぼ』。

『さくらんぼ』が、実をつけることもあるだけで、
接げ木でなりたつクローン。

とても、淡い綿菓子のような立ち姿も、ひらりひらりと、
ピンクがかった花びらが舞う姿は、ステキ。

人の手が加えられているのが常だからか、
寿命も、天然記念物になっているようなモンスター桜(種類違い、推定1500年など)とは、
違うように感じる。
一生が人の補佐も加わりつつ、まだ伸び続けているモンスター長寿のものとは、違うとでも言うのだろうか。。
ソメイヨシノの寿命は、人と、大体同じらしい。
根を生やす『樹木』のくくりの基準で考えれば、短めだけれど、十分、長生き(笑

クローンの研究にも通じることが、何十年も前に、実現してきているのか。
すごいな。
そして、人的な力が加わりすぎているクローンだからか・・なのか、、、
最後は、腐食したりして、朽ち果てるのも、大部分の人間と、どこか似ているように感じる。


どこか切なくも、一時的な素朴の中に色づく情熱があるような・・華の舞いがステキなのは、そこにあるのかもしれない。


秋は、実りの秋で思ったりもするけれど、春に思うこと。
根が強くて、キレイだよな~~~だけとも、違うんだよな。。と思って、みていたりする。



そして、春の植物で、もうひとつ大好きな花。
蒲公英にも、思う。



西洋、東洋と大きく分かれて、大別はされている違いもあるけれど、そこは野生花のまま。

他にも、いくつも野草の類は、あるけれど、たんぽぽは、ナイスだと思ってしまう。


花も、綿毛もじーっと魅入っていることが、小さい頃から多い。


一時的な花の素朴さもあって、踏みつけられても、いくばくかの沢山の数うちゃ~当たるのような種をつけ(笑
綿毛の様も、面白く、どこか可愛らしく。
自然に土を選ばず繁殖する。


華も一段と小さくなっている時もあるけれど、アスファルトの面白いような所から、見かける光景。
頑張って芽を出し、長く茎を伸ばし、小さくも花を咲かせているのを見かけると、なんとも言えず、じーーーーーーんと熱くなる。



生物学者ではないから、細かく生態を調べて、繁殖率や、どれくらいの様々なデータがあるかを把握していないけれど、確率が良い行動力だと思う。


それぞれ違う、ステキやナイスの花々。


場合によっては、ただの環境でしかないことに、打ちひしがれてもいくんだろう、いるんだろう何かを感じると、、、。
選び方や、出し方を反省するだけで、選ばれることは重要ではないんだよ。
自分のことのように、感じとるようにしたり、行動しているなら大丈夫。それだけでも、そうとも確定はしていないし、そうじゃーないフレ~~フレ~~と、エールを贈りたいと思うことがある。


スポンサーサイト



テーマ: 散策・自然観察 -  ジャンル: 趣味・実用
by 東京多摩地区近郊【空おと】  at 07:22 |  思ったこと |  comment (0)  |   |  page top ↑

波長と波動


感覚的なこと。

何かしら、タイミングが合う。
全ての出来事は、偶然のような必然だと思っている。


例えば、、、
虫の触覚や、動物、植物あたりの繊毛・膜などのように。
探知機あたりのように。
超音波。


どこか、合ったように感じるということ。
実際、合わせていこうと、していくこともあるだろう。
逆に、ズラし、外していくこともあるだろう。
そのまま、本物。
本物にしていくこと。
あえて、偽者のよさ。

触れ合う時の波長、波動。
そういったもの。

気持ちや想いも、似たようなもので同じ。


感じている。


良くも悪くも、あるかもしれない。

それは、、、か。
それでも、、、か。


そういった何かしらは、すばらしい。
面白さもあったり、楽しかったりもする。


さて、どこまでいくのか。
良くも悪くも、どちらかになりやすいのか。
曖昧さのよさか(笑


感じていたいとも思う。


マッサージや、ヒーリングあたりも、同じ。
個人なら、座禅や、瞑想をすることにもなりえる。

ツメに、フェイクの良さ、曖昧さは、見極めになりにくく、
極限に極めにくいので要らないとも思っている。

しかし、主観的な心地良さの違いも、あるだろう。
程度を知るというコツ。
程度を知るには、触れて知っていくものが多いほど、良いだろうと思っている。
体験的なものの感覚。
熱中するか、沢山こなすかは、それぞれ。

あくまで、個人的考え(笑
感覚だからこその、感情以外の部分。

人間だからこそある思考や、意思、意志。
冷静な見極めが、はやくもなるコツでもあると思っている。
程度を知るからこそ、選択もしやすいように出来やすい。

ハヤいか、オソいかは、前後する。
どちらも、先になることがあり、後にもなりえる。
コツコツ取り組むオソいのは、後からくるハヤいも、つくづくハヤい。

オソいとハヤいを、同時に感じ、持ちもする選択。


流行りの運動の類。

加圧トレーニング、ピラティス、ヨガや、水泳、、、etc。

似たような感覚も、あると思う。


by 東京多摩地区近郊【空おと】  at 01:01 |  思ったこと |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑
  1. 無料アクセス解析